Montana

 ご無沙汰しております。ご無沙汰している間に流行りのツイッターなるものをダラッと見てますと、俺の好きなフランク・ザッパに関するこういう話がときどき回ってきてですね。

 何だかアーティストの名言というやつですね。愛だ平和だというメッセージを音楽に込めるのは馬鹿げたことだと、そうフランク・ザッパが言ってたらしいぜ。どうだ! と。そんな感じで10,000人ぐらいにシェアされているようです。音楽や何かにいろいろ難しいこと面倒くさいことを持ち込むのは格好悪いことで、娯楽は娯楽として楽しむがよし。そういうメッセージを代弁してくれて、ある意味胸がすく感じなんでしょう。たぶん。ふーん……と思いますけども、問題はこの「名言」が実はデマだということです。

 デマというのは正確じゃないかもしれません。後半部分のザッパ発言は確かにザッパ本人が言ったとされていることです。しかし前半の質問部分が明らかに後付けの捏造であると。

 真相はこうです。80年代半ば、ロック音楽が青少年に悪影響を与えているんじゃないかということが米国で盛んに言われたことがありました。暴力だとかセックスだとか、そういうロクでもない題材を扱った音楽の流通にはこのさい制限をかけたほうがいいんじゃないかと。後の合衆国副大統領アル・ゴアの奥さん、ティッパー・ゴアが率いる団体、PMRCがそういう主張を始めたんですね。この動きに対してフランク・ザッパを始めとするミュージシャンが昂然と異を唱えます。子供に何を聴かせるかはまず周りの大人が判断すべきことであって、いきなり十把一絡げに流通制限をするんじゃそれは検閲というものだろうと。表現の自由はいったいどうなるんだと。だいたい青少年の頭がおかしくなるのを、すべて彼らが聴くもの観るもののせいにするのはどうなんだと。そういう文脈で出てきたのが「私はデンタル・フロスについての歌を歌いましたが、それで誰かの歯が綺麗になったんでしょうか」というザッパ発言だった。青少年に対して音楽が影響を云々というのは馬鹿げた話なんじゃないですかということですね。これは1985年9月19日、PMRCの音楽規制問題に関する公聴会での発言か、あるいはそれに先立つ同年5月5日の声明文における発言と言われています。明確な引用元をズバリ出せないのが歯がゆいところではありますが、同時に冒頭に引いた「名言」なるものに関してもソースはどこにもない。だとすると、そんな不確かなものを錦の御旗みたいにして「娯楽にメッセージはいらない」という主張の裏付けにするのは、そりゃどうなのよと俺は思うわけです。
(それはそれとして娯楽作品が一部の人に与える影響、ということに関してはちょっと俺にも思うところがあるのですが、それについてお話しすると長くなるのでまた後日)
 と、ここまでダラダラ書きましたけども、この件に関しては下記のように、非常に素晴らしい論考を書かれた方が既におられます。
「デンタルフロスの歌を歌ったんだが、お前の歯は綺麗になったか?」はビートルズに対する皮肉ではない件について | スミルノフ教授公式ウェッブログ「デンタルフロスの歌を歌ったんだが、お前の歯は綺麗になったか?」はビートルズに対する皮肉ではない件について | スミルノフ教授公式ウェッブログ
なので今さら俺から言うようなことも特にないんですが、まあでも同じ話がひとつよりはふたつあったほうがよかろう。ということでもうちょっと続けます。

 件の「名言」に関して厄介なのは、フランク・ザッパが確かにヒッピー文化的なものに対して批判的だった、という事実があることです。なので前後をいい感じに編集した発言に変な信憑性が出てきてしまう。
ザッパにはたとえば"Flower Punk"(1968年)という曲があって、そこでは

 よう、お前 そんな花なんか持ってどこへ行くんだよ?
 - ええと、フリスコに行ってサイケデリック・バンドに入るの
 よう、お前 そんなバッジつけてどこへ行くんだよ?
 - ラブ・イン(ヒッピーのデモ)に行って泥の中でボンゴを叩くの

 みたいなことを言ってですね。お前らいろいろやってるようだが、そりゃ結局のところいったい何なんだと。確かにちょっと寝ぼけた感じのヒッピー文化には非常に冷ややかな目を向けていた。だからそこだけ切り取ってみれば、いかにも先の「名言」にも説得力めいたものは出てきますね。
 または"Oh No"(1970年)という歌もあります。
 とんでもねえ、俺は信じやしないぜ
 お前が愛の意味を知ってるだなんてよ
 愛こそはすべて、とお前は言う
 どんなアホも憎しみも、愛でもってすべて解決できるんだと
 頭がどうかしてるとしか思えないな

 愛だの平和だの実にくだらない話だと、やっぱりフランク・ザッパはそんなことばっかり言ってたんじゃねえかと思われてもしかたない流れです。ただここでそろそろ出しておきたいのはフランク・ザッパとマザーズ・オブ・インベンション、66年のファースト・アルバムです。『フリーク・アウト!』ね。

Freak Out!

Freak Out!

そこに"I'm Not Satisfied"という歌があって、

 行く場所がない
 ひとりで通りを行ったり来たりするのにも飽きてしまった
 誰かに与えるような愛なんてものも俺には残ってない
 いろいろやってみたが、みんな俺のことが気に入らないんだとよ

 みたいなこととか、あるいは"You're Probably Wondering Why I'm Here"という曲では、

 不思議に思ってるんだろう、何で俺がここにいるのか
 俺もそう思ってるよ、俺だってな
 なぜ俺がこの場所にいるのか、お前が不思議に思ってるのと同じぐらい、
 俺もお前がどうしてそんなにバカっぽい面をしてるのか理解できない
 毎朝おんなじように目を覚まして、そのへんの通りでお友達に会う
 頭にスプレーか何かして、いい感じだと思ってる
 そんなお前の人生はまったく穴だらけだが、まあ俺の言うことでもないか
 俺はギャラ貰ってここで演奏してるだけなわけだし

 といったことをさんざん言っていてですね。まあどうでしょうか、この居場所のなさ。どこへ行っても何だかアホらしい、と眺めているしかない感じ。俺は高校生ぐらいの時に、こういう心境に本当にグッと来てですね。分かるわあと思いながら全寮制の部屋でこれらをひとり黙って聴いていたわけです。まあ俺の話なんかは別にどうでもいいんですけど、ことフランク・ザッパという人に関して言えば。つまり世の中のどこにも自分がうまくフィットできるような場所がなかったんでしょう。あるいはフィットしに行く気もなかった。初期作品なんか聴いてますと特にそんなことばっかり歌っている。それはたぶん、この人が誰よりも非常に強烈に個人であったからだろうと思います。それがために、どんな文化ないしムーブメントにも乗れなかったんだろうと。髪切って真面目に就職することはもともとできないような、そういう人からしてみるとですね(実際、髪切ってレコーディング・スタジオ経営を始めてみたらFBIが乗り込んできて、録音素材を全部押収されたという事件さえあった)。だからやれ平和だ愛だというヒッピー文化にしても、はっきり言えばそれは新たなコンフォミズム、画一化のひとつでしかなかったわけです。つまりみんなで似たような格好をして、似たようなことを主張して、みんなで特定のお作法を守ってですね。周囲と違ったことを言うような人がひとりでそのへん歩いてればそりゃ異質なものとしてブッ叩かれるかもしれないが、それが衆をなせば特に異質でもなくなるわけですよね。だけどそうやってひと固まりになった結果として、誰しも個を失っていく。それは世間が押し付けてくるような、いいからみんなと一緒のことをしなさいという有り様と何が違うんだと。しかもそうやって何か形になったっぽいことをして、いずれそれにも飽きてですね。そのうちみんな元いた定位置に戻っていくんじゃないのかと。それが結局いったい何になるんだと。だとすれば、そんなことよりそれぞれが個人として好きな格好をして、いつまでも何か気に入らねえなあ! と言い続けたほうがいいんじゃないのかと。つまり異質なものとしてあり続けるべきなんじゃないかと、フランク・ザッパが言わんとしたのは明らかにそういうことだったと理解しているわけです。

 「デンタル・フロスについての歌」というのは73年の『モンタナ』のことで、これはワシゃモンタナに移り住んでデンタル・フロスを栽培するんじゃ、という意味があるんだかないんだか分からない(たぶんない)曲です。

 確かにオッサン何言ってんのという、歌詞なんかはアタリだとしか思えないような、純粋に音楽的完成度を追っていた場合もありました。ありましたし、それはそれでもの凄い仕事だったわけですが、その後80年代に入ってからは。カネ儲けばっかり考えているレコード会社、アホなことばかり並べてとにかく言うことを聞かせようとしてくるレーガン政権に宗教右翼、それに件のPMRCが導入しようとしていた検閲制度などなど、その手の個人の自由を抑えこもうとしてくるような、ありとあらゆる勢力に対する直接攻撃をですね。いよいよ音楽でもって仕掛けていくことになるわけです。たとえばこのビデオなんか観ますとレーガン大統領を電気椅子に座らせてですね。

 まあ偉い勢いがあった。怒ってるなあ! ただコレは別にだんだん歳とってきて急に政治的になっていったわけでも何でもなくて、実は60年代後半から一貫して同じことを言ってるんですね。つまり個人が個人としてあることに横槍を入れてくる連中はどうあっても許すわけにはいかん。どこの誰とも知れんアホに管理されてたまるものかと。そういうことをずっと言い続けた。それは歌詞のある歌であろうとインストゥルメンタルであろうと全部そうだった。だからキャリアのどこを切っても変わらずに超かっこいいわけです。

 ということを踏まえて例の「名言」をもう一度読んでいただければ、俺がコレに対して抱いた違和感、さらにそれが「何かいいこと言ってる」的に引用されることに対する苛立ちといったものが。多少はお分かりいただけるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
 既にガセ……というかいいように編集された言葉である、ということで決着のついた話に俺がガタガタ付け加えるのは完全に蛇足もいいところでしょう。が、フランク・ザッパも最近じゃ遺族がいろいろ揉めたり、とかく大変な感じになってますんで。

http://www.rollingstone.com/music/news/zappa-family-trust-threatens-dweezil-zappa-over-band-name-20160429

せめていま一度誤解は解いておいたほうがいいんじゃないかということで、いろいろと書かしていただきました。それではまた後日。

Imaginary Diseases

ご無沙汰しております。ご無沙汰している間には花粉症でさんざんハナを垂らしたりしておりました。今日はメンテナンスのつもりでこれを書いております。ので、そんなに書くことはないのですが、そういえば先日ふと思い立って『吾輩は猫である』なんかボンヤリ読み返しておりましたら

呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする

という一文があって、何だか知りませんが非常にグッときましたですね。みんなやって来てさんざん酒盛りをやった後、お客さんは帰ってしまって何とも寂し〜い感じになってですね。猫ちゃんが何かもう死ぬしかないなあみたいな気分になって、しょうがないので台所かどこか行って宴会の残りのビールを飲んでみたらすっかりいい気持ちになってですな。千鳥足で歩いていたら水甕にはまって死んでしまうという。最後は「ありがたやありがたや」とか言うんですけど、ありがたやじゃねえよバカ!というですね。どうも漱石はときどきグッとくるフレーズを繰り出してきますね。「可哀想たぁ惚れたってことよ」みたいな台詞もあった気がしますね、何だったか忘れましたけど。アレもよかったですね。ともあれ「呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする」というね。俺も今後はますます呑気に見えていきたい。そして心の底で悲しい音をさせていきたいと思いますがどうでしょうか。

Maggie (2015)

ご無沙汰しております。と書くのも白々しいほどの連続更新、いったい俺の身に何が起こったのでしょうか。このさいはっきり言いますが単なる現実逃避です。

さて、先日家に帰ったら米アマゾンからブルーレイが届いておりました。普段は何が届いたところでフーンとか言って本棚に投げ込んでおしまいです。遠足は家に帰るまでが遠足だと言いますが、輸入DVDは頼んだものが家に届いたところまでが輸入です。むしろ届いたものを観たら負けだと思っている。輸入DVDとかブルーレイとはそういうものです。しかしこの日ばかりはそういうわけにはいかなかった。なぜかといえば届いたのがアーノルド・シュワルツェネッガー最新作だったからです。

改めて解説するのもアレですが、シュワルツェネッガーも一度は政治家になるとか何とか言って俳優をセミリタイアした男です。政治家転身前の最後の仕事『ターミネーター3』(2003)は、まあ俺は好きですが(というかシュワルツェネッガー主演作で嫌いな映画なんか俺にはないわけですが)、しかし世間的にはうんこ以下という評価を受けている作品であった。そういうたいへん微妙な映画を最後っ屁的に放ち、みんなを何とも言えない心持ちにしたまま政界に消えた。これでもうあっちの世界の住人になってしまったんだな、シュワルツェネッガーも……と淋しい気持ちになりつつ、まあでもおそらくオーストリアのド田舎から出てきたその日からワシャ世界を獲るんじゃと、そんな野望を持っていたわけですから。それはそれで応援してやるしかない。俺はこの場所に留まって、これまでに御大が残してきた作品を宝物のように大事にしていくしかない。たとえそれが『ラスト・アクション・ヒーロー』とかそういう寝小便以下の作品ばかりであったとしても。早くも何を書いているんだか分からなくなりましたが、とにかくシュワルツェネッガーと決定的に道が分かれたなあ……と痛感せざるを得ない瞬間がかつてあったわけです。彼はいずれ大統領になるかもしれない。御大がそうやってサクセスロードを驀進する間に俺はまあ何だ、えーとラーメンとか食ったりするのだろう。とにかくこうなったらそれぞれの人生を生きるしかない。そう思った。
ところがシュワルツェネッガーは帰ってきた。詳細はまたいずれお話ししますが、いろいろあって政治家としてのキャリアが終わってしまったので、まあ俳優として帰ってきてしまった。誰もが羨むような家族にも一気に去られて、去られただけならまあいいがたぶんお金とかも入れなきゃいけない感じになった。しかも結構な額を。
そういう状況で、シュワルツェネッガーがさあどうするかと言ったらもう映画に出るしかない。そうやって復帰して以降の作品群には、実は外れがないわけです。いろいろ出てますけどいずれの作品も確かな満足を与えてくれる。『ジングル・オール・ザ・ウェイ』とか出ちゃって、観ているこちらも思わず死にたくなってしまったようなシュワルツェネッガーはもういない。心を入れ替えて、何かが吹っ切れたような感じでアクションの佳作にビシビシ出ている。いろいろ頑張っちゃって偉いなあ! と俺は思います。
これもまた改めてお話ししますが、最新作『ターミネーター : 新起動』だって凄くよかった。まあ中学生が書いたような脚本とかケレン味も糞もないような演出とか、または90年代中盤かと思わざるを得ないような特殊効果とか、問題は数えきれないほどありました。ありましたが、それらをあげつらって映画を腐すのは間違っている! なぜかといえば『ターミネーター : 新起動』はすっかり老いぼれて完全なるポンコツになったアーノルド・シュワルツェネッガーが、老体に鞭打って繰り広げる大活躍を見るための。それだけのための映画だからです。脚本がダメだったよネとかいうような意見にはこのさい冗談じゃないよと言いたい。だいたいみんな傑作だとか言っている『ターミネーター2』だってねえ、あんなの筋立てなんかあってなかったようなものですよ。未来から来た殺人マシーンが大暴れする、さらにはまた別の殺人マシーンと組んずほぐれつの死闘を繰り広げる、それでみんな大喜びしたわけじゃないすか。そう考えれば『ターミネーター3』だって、今度の『新起動』だって殺人マシーンが何かいろいろガチャガチャぶっ壊しながら大バトルを繰り広げているんだから全然問題ないじゃないか。何でみんな『マッドマックス』とか『ジュラシック・パーク』とかの最新作にはやんやの喝采を贈るくせに、新しい『ターミネーター』にはそんなに冷淡なんだ。シリーズ最新作でマックスが大暴れしたりティラノサウルスが大暴れしたら、やったぜ! これだよこれ、と言うくせに今度のターミネーターが大暴れする様にはみんなフフンとか言う。何だよそれ! おかしいよ! そりゃ『マッドマックス』や『ジュラシック・パーク』最新作に比べれば『ターミネーター : 新起動』は映画としちゃド下手糞ですよ。だからってそういうことじゃないんだ。これはもっと何だ、現在進行形のシュワルツェネッガーを見るための、何ていうか橋幸夫ショーみたいなものなんだ。何をバカなことを、と言うなら、たとえば完全に歳をとって適当な演技しかしなくなったメルギブ主演の『怒りのデス・ロード』とか、何かあんまり気は進まないけどギャラくれるって言ったから、という風情のサム・ニールが出てくる『ジュラシック・ワールド』とかを想像してみてほしい。みんながそれでどんなに微妙な気持ちになるか。作り手としちゃそういう結果が見えているからキャストをほぼ全取っ替えして、一から出直したわけですよね。でもシュワルツェネッガーは敢えてそこで出てくるんですよ。何かあの人も昔はよかったけど……ねえ……ジジイになっちゃって……と言われるかもしれないのに。というか誰がどう見たってそう言うしかないのに。この勇気はどうだ。結局ターミネーターかよ、と言われることをあの人は怖れていない。むしろ俺しかできないと思っている。そうは言ったってもう完全にジジイですよ。ねえ。それでもやった。やってみせた。ポンコツのジジイが。手作りのメリケンサックを手に最新最強の殺人マシーンに挑んでみせた。そういう姿に俺は感動しましたよ。と考えれば『ターミネーター : 新起動』のどこを笑えようか。みんなそういうことをですね。もうちょっとよく考えてほしい。いいですか!

と、ある日届いたシュワルツェネッガー最新作『Maggie』についてお話ししようと思ったらつい熱くなり、完全に話が明後日の方向に行ってしまいました。しかたがないのでシュワルツェネッガーがゾンビと戦うこの最新映画についてのお話は明日以降に続きます。わはは!

原民喜 『夏の花』 (1947)

ご無沙汰しております。というほどご無沙汰でもないのは実に珍しいことですね。わはは!

ともあれボンヤリしていたらもう8月です。毎年この時期は、というか特にこの時期じゃなくても原民喜の『夏の花』という短い小説をたびたび読み返します。原民喜は1905年生まれの作家です。東京で活動していましたが妻を病気で失い、心にどうにも埋めがたい穴を抱えたまま翌45年1月、故郷の広島に疎開。そして8月6日の原爆投下で被爆します。『夏の花』は民喜本人がこの日に自らの目で見たことを記録した作品です。

夏の花・心願の国 (新潮文庫)

夏の花・心願の国 (新潮文庫)

実はウェブ上でも全編読めるっちゃ読めるので是非と思いますが、ただ紙で手元に置いて、何度も読みたくなる。あまりに壮絶で悲惨なその題材を考えれば不思議なことですが、それでもどういうわけだかつい繰り返し読んでしまうわけです。

主人公の「私」は朝から便所に入っていたために原子爆弾の熱線や爆風の直撃を免れます。崩れた家から這い出してみれば辺り一面は屍体と重傷者と火に埋め尽くされている。それを目の当たりにして主人公 = 原民喜は、
「長い間脅かされていたものが、遂に来たるべきものが、来たのだった。さばさばした気持で、私は自分が生きながらえていることを顧みた」
と、独白します。民喜はもともと無口で、まったく社交的ではなかったという人です。社会との唯一の接点であった奥さんを失ったことがその孤独に拍車をかけたんじゃないかと思います。もはや生きていても仕方ないと思っていたのかもしれない。だから原爆投下がもたらした地獄の只中にあっても妙に醒めていたんじゃないだろうか。とは言いつつそこは作家ですから、
「このことを書きのこさねばならない、と、私は心に呟いた」
と言ってですね。ひたすら淡々と、何というか観察するような様子で、原爆投下直後の広島の様子を書き綴っていきます(作品は民喜が当時書いたメモを再構成したものだといいます)。

しかしこれは何ていうんでしょうか。何しろヤバい作品という他ない。小説は主人公が死んだ奥さんのお墓参りをするところから始まります。墓前に名もない「夏の花」を供えるような、戦時下とはいえそういう普通の生活ですね。ところがそれが突然ブッ壊れて、ふと眼前に途方もない地獄というか不条理が現れた。そのことが実体験として極めて冷徹に描かれます。冒頭にちょっとだけあった情緒みたいなものが突如吹っ飛んで、その後には廃墟と屍体と重傷者だけがある。行けども行けども顔が火ぶくれして、目が糸のようになってしまった人たちの群れが至る所に座り込んでいると。暗い川のほとりで、水と助けを求める声がそこら中からするわけですが、次の瞬間にはもう聞こえなくなっている。そういう目の前の状況。原爆投下直後から、おそらく2日間ほどの出来事でしょうか。とにかく無数の死があって、徐々に時系列も分からなくなる感覚があります。読んでいるこちらもちょっと麻痺してくる。そして夜が明けて昼間の街に出てみると、8月ですからもうカンカン照りの太陽が廃墟に照りつけている。焼けて倒れた電車の車体がギラギラ光っていたりする。そういう光景を見ているうちに、ここまでは静かに、自分のことであるにもかかわらず客観的に、理知的に状況を書いてきた人が。突然理性的であることを放棄するんですね。とうとう「あとは片仮名で書き殴ったほうがいいようだ」と。実際それで突然、カタカナの散文が無理矢理挿入されます。何というか、地獄めぐりの末に書き手が明らかに正気を失った瞬間がある。正気というか、人間的な感情というんでしょうか。このさいなので引用します。


ギラギラノ破片ヤ  
灰白色ノ燃エガラガ  
ヒロビロトシタ パノラマノヨウニ  
アカクヤケタダレタ ニンゲンノ死体ノキミョウナリズム  
スベテアッタコトカ アリエタコトナノカ  
パット剥ギトッテシマッタ アトノセカイ  
テンプクシタ電車ノワキノ  
馬ノ胴ナンカノ フクラミカタハ  
プスプストケムル電線ノニオイ


ずっと続いてきた冷静無比な地の文に、これがいきなり突っ込んでくるヤバさ。ヤバいヤバいって俺ももうすぐ42歳でその語彙はどうなんだと思いますが、ともあれ何度読んでも唖然とします。これは何ていうんでしょうか。ちょっとこの無機質かつ暴力的な感じ、決してふざけてるわけじゃないですがインダストリアルというのかパンクというのか、そういう感触があります。そして小説はまた地を這うような、地獄のような生活の描写に戻っていくわけですが、また凄いなと思うのはそうした民喜自身の数日間の話がぶつりと終わるんですね。それでどうなるのかといえば「N」という、それまでどこにも出てこなかった男の挿話が急に始まる。
Nは広島市内で被爆した妻を探して廃墟を歩き回ります。しかし心当たりを虱潰しにしても妻は見つからない。うつぶせに倒れている女の人の顔を起こして回りますが、どれも見知らぬ人だった。数え切れないほどの屍体を確かめた後、Nはまた妻の勤めていた学校に向かいます。この短い小説はそこで唐突に終わる。この構成にもまた唖然とします。冒頭にあった、民喜が亡き妻のお墓に花を手向ける描写。ここには人間が生きて死んだ証みたいなものが確かにあるんですね。ところが原爆投下で一度に死んでしまった数万人、彼らはそんなものもないまま強制的に、暴力的に人生を閉じられてしまった。小説の末尾に突然差し込まれるNの挿話はその代表でしょう。そうやって人間がモノ化されてしまうことの不条理ですね。そうしたことを何ら直接的な言葉を用いずに突きつけてくる。この『夏の花』は被爆者自身によって書かれた、いわゆる原爆文学の金字塔みたいな評され方をすることが多い。ですがそういうこと以上に、その極めてエクスペリメンタルな構成からあまりに乾いた筆致から何から含めてこれは凄えなあというか、このさい誤解を恐れずに言えば原民喜の目の据わり方というか、この凄みに俺はしびれるわけです。だから何度も何度も読んでしまうんだろうと思う。広島への原爆投下というのは今から70年前、距離にすれば俺の今いる場所から約800km離れたところで起こった出来事です。時間的にも地理的にもそういう距離がありつつ、そうは言っても明らかに俺自身と地続きなことが『夏の花』に描かれている。原民喜の極めてドライな書き様に引き込まれるうちにそれを実感して、毎度毎度眩暈を覚えるわけです。

原民喜は51年に自殺します。これだけのものを書いた人が結局その後、電車に飛び込んで死んでしまったという、その事実も含めて実に凄まじい作品です。70年前のこの日に起こったことについて今日なぜか俺が話をするのも、何だか8月6日を年中行事的に消費しているような感じでちょっとアレだとは思う。まあしかし今年もまた『夏の花』を読んで改めて息を呑みましたので、ここにちょっと備忘録的に書いておきました。ではまた後日。

Drafted Again

ご無沙汰しております。ご無沙汰していた間に何をしていたかというと、主にスヌーピーの兄さん、スパイクのことを考えておりました。

わざわざ説明するまでもないかと思いますが、スパイク兄さんはカリフォルニア州ニードルスに独居しております。ニードルスというのはまあこういうところですね。

俺も10年ばかり前に実際こういうところに行きましたが、まあわりと想像を絶する世界でした。半径何10kmあるんだよというこんな場所で何かアメリカ人がバギー的なものを超楽しそうにブッ飛ばしており、俺はその時左腕を骨折していたのでただボーッとそれを見ていたわけですが、まあたぶんここで迷ったら死ぬなと直感的に思った。田舎という概念が変わる出来事でした(そういえば『プレデター』で、南米バルベルデのすごい密林でジェシー・ベンチュラがやはり「ここで迷ったら、死ぬな」と言いますね。アメリカのド田舎で同じ台詞がふと口をついたので若干嬉しかったと同時にだいぶ慄然としました)。ともあれスパイク兄さんですが、何しろこういうド田舎にたったひとりで暮らしている。こんなところで毎日何をしているかというとだいたい砂漠にボンヤリ座っているわけです。友達といえばそのへんに生えているサボテンぐらいしかいない。ですがまあ友達といったってサボテンですから、話しかけてみたところで何かいいことがあるかといえばそんなこともないんですね。というか話しかけたってもちろん返答さえないわけです。ただそういう非常に何というか、サボテンとの砂を噛むような人間関係がありつつ、ときどきスヌーピーに会いにきたりするにおいてはわざわざそのサボテンを担いでくるような。ということで言ってしまえばまあちょっと頭がね。スッ飛んだ御仁ですね。ただこう見えて結構な実力者で、かつてはミッキーマウスから靴をもらったこともあるという。そういう底知れない人物です。

俺はこのスパイク兄さんが昔から好きで好きで、特にここ10年ぐらいはちょっと見ているだけでウッとなるぐらいになってきた。この感情は何だろうか。改めて考えると不思議に思えてくるわけですが、思うにこの尾羽打ち枯らした感じというか、何だか痩せて髭がショボショボ生えている感じ。これを見ていると以前家にいた猫を思い出すんですね。俺が高校生の時分から家にいてずいぶん長生きしましたけど、当然歳を取りますから、俺が30前後になるぐらいにはまあ痩せてショボショボしてですね。それまでは活発に走り回ってさんざんメシを食ったりしていたのですが、晩年はまあ何もしないで日がな一日ボーッとしていた。このスパイク兄さんを見ると必ずあの頃の愛猫を思い出すのです。ということもあってもはや他人事とは思えないのであった。まあでもよくできた動物キャラクターには、どこかあの頃一緒に暮らした動物のことを思い出させる何かが必ずあるなあと思うのですが(映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』におけるロケット・ラクーンなんかもそうでした)、そのことについてはまたの機会に掘り下げましょう。

で、そういうスパイク兄さんのことを時々思い出すわけです。そういえばスヌーピーの兄弟は他にもいまして、まあそれぞれに様々な生活を送っておりますが、しかしド田舎の砂漠で世捨て人のような暮らしをしているのはこのスパイク兄さんだけですね。よくよく考えれば何でそんなところで、と思いますね。決まっちゃってんのかなと。ただまあ決まっちゃってるにしても何かそうならざるを得ない理由があったんだろうか。そういえばあったんですね。ベン・ケノービばりに砂漠で隠遁しなきゃいけない理由が。それがシリーズのずいぶん後期、1994年9月18日に描かれていた。

こういうことですね。若い頃は(若い頃、ですね。つまり今はもうオッサンなわけです)弟のスヌーピーと同じく、人間たちと暮らしていたこともあったと。そんなある日道を歩いていたら、目の前を兎が横切った。一緒に歩いていた人間たちはあの兎を捕まえろ!と言う。よくよく考えればスパイク兄さんもビーグル犬ですから、何というか条件反射的にこれを追いかけたんでしょうね。「実際問題、兎を捕まえたところで何になるのか、自分でも分からなかった」と本人も述懐しますが、とか何とか言っているうちに必死で逃げた兎は道路に飛び出し、車に撥ねられてしまった。最終的なことは書かれていませんが、おそらく兎は死んでしまった。突然目の前でこんなことが起こった、いや自分で起こしたわけですけど、これでスパイク兄さんはどうしたらいいか分からなくなります。自分のしたことが信じられない。我に返ってみればそういう結果を招いた自分が憎くてしょうがなく、また元を正せば兎を捕まえろと言った人間たちのことも憎いと。それで何もかもつらくなってニードルスの砂漠に引っ込むことを決めるわけです。このさい誰とも関わりのない場所に来てしまえば誰を傷つけることもなかろうと。そういう経緯があって、今は毎日サボテンに話しかける生活を送っている。
撃墜王スヌーピーの話なんかもそうですが、ああ見えて『ピーナツ』にはけっこう戦争に絡んだ挿話が多いんですね。D-DAY近辺になると必ずノルマンディ上陸作戦における歩兵スヌーピーのエピソードがある。このへんに関しても考えるところは結構いろいろあって、そのお話はまた別の機会に必ずしますが(たぶん5年以内ぐらいには)、しかしこのスパイク兄さんの挿話もですね。決して直接そう言っちゃいませんが、俺には何だかやはり、これはベトナム戦争のことなんじゃないのかなあと思えてならないわけです。アメリカ人が若いうちに訳も分からずケツを引っ叩かれて、何だか駆り立てられるうちにしたくもない殺しをしてですね。起こった結果に対してその意味が遅れてついてくるということがありますね。自分は何をしてしまったのか、自分はいったい何になってしまったのか。そう悔いた時にはもう遅かった。それですっかり嫌になってしまった。そういう人はおそらく相当数いたんだろうなと思う。
ランボー / 最後の戦場』の冒頭におけるジョン・ランボーですね。ベトナムからこっちいろいろあって、と言えば乱暴ランボーだけに)ですが、まあいろいろあってもうド田舎に引っ込んで、誰とも関わらなくていいような生活を送ると。おそらく今こうなってしまった自分も嫌なら、当然そういう状況にまで自分を追い込んだ社会も憎い。ただそれを言ったところで何がどうなるわけでもないので、毎日を無為に過ごしている。たとえばそういうランボーの姿と、このスパイク兄さんがどうしても重なります。と考えればもうこの人のことが悲しくてしょうがなくなり、前述したようにただでさえショボショボした動物には胸が潰れそうになるわけですが、こうなれば大の大人が酒飲んで泣くしかない。なぜこんなことを今書いているのかはよく分かりませんが、まあそういうことをふと思い出したのでした。ではまたお目にかかりましょう。

Jones Crusher

ご無沙汰しております。といいつつ2日も連続で書くのはなぜかというと、えー正直な話現実逃避です。そんなわけでもうちょっと、英語版『子連れ狼』のいいところを紹介しておきましょう。
『虎落笛』と並んでシリーズ前半の白眉といえる(まあ『子連れ狼』は全部白眉なんすけどね。捨てエピソードがない)、『無門関』からお送りします。ここで拝一刀は偉い坊さんを斬ってくれと依頼されます。ところが悟りを開いて無の境地に至った僧侶を目の前に、どうしてもこれを斬ることができないわけです。不覚、とか言いつつ切腹して果てようと思ったら坊さんに止められる。無なるものを斬ることができなくともそれはしょうがないと。けれどもこっちはプロの刺客なんで、仕事を完遂できなかったら死ぬしかないんで、と言ったらじゃあ刺客道を捨てよ!と坊さんが。それもできない相談だった。じゃあこのさい心を無にせよと、そうすれば無なるものを斬ることもできようと。刺客道の無門関に至るのだと。刺客道の……無門関…… かくして拝一刀は刀を封印、ひたすら座り込む日々が続きます。


主観と客観を
ひとつにし
おのれをわすれ
無とおのれを
ひとつになし
内外打成の一片と
なれぬものか………


生まれてから
今日まで会得した技も
知識も 経験も
すべて無に帰し
仏に逢うては
仏を殺し
父母に逢うてはこれを殺し
祖に逢うては 祖を殺し
しかして
何の感情も抱かぬ
無字の境地に至れぬものか!


有名な「仏に逢うては仏を殺し」ですね。"Meet the Buddha, kill the Buddha" と、まあストレートですね。でもこのへんの台詞は日英併せて全部暗記しておきたくなる格好よさだ。

で、件の坊さんの言っていた「無門関」。『無門関』というのはそもそも1200年ごろ、中国宋代で編まれた禅の公案集であると。なんとなくありがたい感じがするので以前買ってはみたが、実はその後あんまり読んだことがないのはここだけの話です。ともあれその48ある問答集、というか公案集ですか、ド頭に書かれているのが


大道無門
千差路有り
此の関を透得せば
乾坤独歩ならん


ということですね。よく分からないが超格好いいことだけは確かだ。それが英語だとこうなります。

実にしびれる。原語版は上の言葉が、筆文字でババーンと書かれて失禁ものでありますが、それはそれとして英語で言ってもらうとその大意が多少なりとも理解できるような気もしますね。つまり何でしょうか、世の中に道はナンボでもあるが分かりやすい入り口なんてものはないんだと。道をさえ見つければひとりでも、いかようにでも歩いていけるのだと。ボンヤリとだが分かってきたような気がする。気のせいかもしれませんが……。ともあれたったひとりの座禅修行を経て、ついに刺客道を極めた拝一刀は偉い坊さんの前に再度現れ、これを斬ります。この坊さんが凄くて、まさに一刀両断にされたその瞬間に


よきかな
道を
極むる者
……


よきかな
無門の関
………


と言い残して絶命するわけです。考えてみれば自分を殺しに来た男がちょっとこれ無理だと、残念ながら切腹するしかないと言ったらですね。どうぞどうぞ切腹してくださいと、危ないとこだったなあ!おい!という話だと思うんですね。それが刺客道を極めよなんて言って追い返してですね、極めて帰ってきちゃったじゃねえかよ!だから言わんこっちゃない。けれども坊さんは「よきかな」とか言って死ぬわけです。こ、これが悟りを開くということか、と思わざるを得ない。そういう壮絶な世界が毎度毎度展開するのが『子連れ狼』なんですね。そんな作品には思わず手帳に書き取りたくなるような超格好いい台詞が満載されており、またそれを英語で読み直すというのがね。「よきかな 道を極むる者」は "Is this not good? He who perfects his path?" なんていう、何か非常に大層な言い方になるんだなあ、とか新しい発見と楽しみを提供してくれるわけです。ではまた次回!

Apostrophe(')

ご無沙汰しております。
ご無沙汰している間にまた『子連れ狼』をひたすら読み返す周期がやってまいりました。その流れで若山先生が熱唱するこんな歌も毎朝毎晩聴いてですね。どうしてこんなに『子連れ狼』に惹かれるのか話せば長いのでまたの機会に譲ります(そう言っておいてその機会はついに来ないのであった それを知る子であった まだ三つであった と、そういうナレーションを入れたくなりますね。『子連れ狼』の話をしているとですね)。しかし最近は便利なもので、英語版も電子書籍で読めるんですね。iPadなどお持ちの方はダークホース・コミックスのアプリを使っていただくと、そこで全28巻がダウンロード購入できますよ。さんざん読んだ挿話ですが、英訳された台詞を読んでいるとまたなかなか味わい深く聴こえるんですね。たとえば写真のこちら、言わずと知れた『虎落笛』ですが



わしの
首が……
哭いている
ように……

きこえる……


さすがは

介錯人……
血が吹き出し
………………
首袈裟に斬った
斬り口が
…………

木枯しの
ように鳴るを
…………


虎落笛と……
言うそうな……
いちど……
そんな音が出る
ように斬って
みたいと願っては
いたが……


おのれが
斬られて
………
鳴るは……
笑止
……


という、劇場版『三途の川の乳母車』(72年)でもほぼそのまま再現された、歴史に残る名台詞がですね。
虎落笛は"Flute of the fallen tiger"というのか、なんて発見があったり、
または
"I always dreamed of making a cut that would sing...
And now...
I hear my own...
Such irony..."
なんていうのは原作の殺伐感と寂寥感を非常にうまく捉えた名訳だと思いますね。
そんなわけで英語版もお勧めです。Amazonなんかでは単行本もまだ買えるんじゃないでしょうか。フランク・ミラーなんかがたいへんに影響を受けたということで有名な『子連れ狼』ですが、こちらのバージョンを読んでいるとどういう影響であったのかがボンヤリ分かるような気もしてきます。そんなわけでもう一度、若山先生の名曲を聴きながらお別れしたく思います。次回までご機嫌よう!