原民喜 『夏の花』 (1947)

ご無沙汰しております。というほどご無沙汰でもないのは実に珍しいことですね。わはは!

ともあれボンヤリしていたらもう8月です。毎年この時期は、というか特にこの時期じゃなくても原民喜の『夏の花』という短い小説をたびたび読み返します。原民喜は1905年生まれの作家です。東京で活動していましたが妻を病気で失い、心にどうにも埋めがたい穴を抱えたまま翌45年1月、故郷の広島に疎開。そして8月6日の原爆投下で被爆します。『夏の花』は民喜本人がこの日に自らの目で見たことを記録した作品です。

夏の花・心願の国 (新潮文庫)

夏の花・心願の国 (新潮文庫)

実はウェブ上でも全編読めるっちゃ読めるので是非と思いますが、ただ紙で手元に置いて、何度も読みたくなる。あまりに壮絶で悲惨なその題材を考えれば不思議なことですが、それでもどういうわけだかつい繰り返し読んでしまうわけです。

主人公の「私」は朝から便所に入っていたために原子爆弾の熱線や爆風の直撃を免れます。崩れた家から這い出してみれば辺り一面は屍体と重傷者と火に埋め尽くされている。それを目の当たりにして主人公 = 原民喜は、
「長い間脅かされていたものが、遂に来たるべきものが、来たのだった。さばさばした気持で、私は自分が生きながらえていることを顧みた」
と、独白します。民喜はもともと無口で、まったく社交的ではなかったという人です。社会との唯一の接点であった奥さんを失ったことがその孤独に拍車をかけたんじゃないかと思います。もはや生きていても仕方ないと思っていたのかもしれない。だから原爆投下がもたらした地獄の只中にあっても妙に醒めていたんじゃないだろうか。とは言いつつそこは作家ですから、
「このことを書きのこさねばならない、と、私は心に呟いた」
と言ってですね。ひたすら淡々と、何というか観察するような様子で、原爆投下直後の広島の様子を書き綴っていきます(作品は民喜が当時書いたメモを再構成したものだといいます)。

しかしこれは何ていうんでしょうか。何しろヤバい作品という他ない。小説は主人公が死んだ奥さんのお墓参りをするところから始まります。墓前に名もない「夏の花」を供えるような、戦時下とはいえそういう普通の生活ですね。ところがそれが突然ブッ壊れて、ふと眼前に途方もない地獄というか不条理が現れた。そのことが実体験として極めて冷徹に描かれます。冒頭にちょっとだけあった情緒みたいなものが突如吹っ飛んで、その後には廃墟と屍体と重傷者だけがある。行けども行けども顔が火ぶくれして、目が糸のようになってしまった人たちの群れが至る所に座り込んでいると。暗い川のほとりで、水と助けを求める声がそこら中からするわけですが、次の瞬間にはもう聞こえなくなっている。そういう目の前の状況。原爆投下直後から、おそらく2日間ほどの出来事でしょうか。とにかく無数の死があって、徐々に時系列も分からなくなる感覚があります。読んでいるこちらもちょっと麻痺してくる。そして夜が明けて昼間の街に出てみると、8月ですからもうカンカン照りの太陽が廃墟に照りつけている。焼けて倒れた電車の車体がギラギラ光っていたりする。そういう光景を見ているうちに、ここまでは静かに、自分のことであるにもかかわらず客観的に、理知的に状況を書いてきた人が。突然理性的であることを放棄するんですね。とうとう「あとは片仮名で書き殴ったほうがいいようだ」と。実際それで突然、カタカナの散文が無理矢理挿入されます。何というか、地獄めぐりの末に書き手が明らかに正気を失った瞬間がある。正気というか、人間的な感情というんでしょうか。このさいなので引用します。


ギラギラノ破片ヤ  
灰白色ノ燃エガラガ  
ヒロビロトシタ パノラマノヨウニ  
アカクヤケタダレタ ニンゲンノ死体ノキミョウナリズム  
スベテアッタコトカ アリエタコトナノカ  
パット剥ギトッテシマッタ アトノセカイ  
テンプクシタ電車ノワキノ  
馬ノ胴ナンカノ フクラミカタハ  
プスプストケムル電線ノニオイ


ずっと続いてきた冷静無比な地の文に、これがいきなり突っ込んでくるヤバさ。ヤバいヤバいって俺ももうすぐ42歳でその語彙はどうなんだと思いますが、ともあれ何度読んでも唖然とします。これは何ていうんでしょうか。ちょっとこの無機質かつ暴力的な感じ、決してふざけてるわけじゃないですがインダストリアルというのかパンクというのか、そういう感触があります。そして小説はまた地を這うような、地獄のような生活の描写に戻っていくわけですが、また凄いなと思うのはそうした民喜自身の数日間の話がぶつりと終わるんですね。それでどうなるのかといえば「N」という、それまでどこにも出てこなかった男の挿話が急に始まる。
Nは広島市内で被爆した妻を探して廃墟を歩き回ります。しかし心当たりを虱潰しにしても妻は見つからない。うつぶせに倒れている女の人の顔を起こして回りますが、どれも見知らぬ人だった。数え切れないほどの屍体を確かめた後、Nはまた妻の勤めていた学校に向かいます。この短い小説はそこで唐突に終わる。この構成にもまた唖然とします。冒頭にあった、民喜が亡き妻のお墓に花を手向ける描写。ここには人間が生きて死んだ証みたいなものが確かにあるんですね。ところが原爆投下で一度に死んでしまった数万人、彼らはそんなものもないまま強制的に、暴力的に人生を閉じられてしまった。小説の末尾に突然差し込まれるNの挿話はその代表でしょう。そうやって人間がモノ化されてしまうことの不条理ですね。そうしたことを何ら直接的な言葉を用いずに突きつけてくる。この『夏の花』は被爆者自身によって書かれた、いわゆる原爆文学の金字塔みたいな評され方をすることが多い。ですがそういうこと以上に、その極めてエクスペリメンタルな構成からあまりに乾いた筆致から何から含めてこれは凄えなあというか、このさい誤解を恐れずに言えば原民喜の目の据わり方というか、この凄みに俺はしびれるわけです。だから何度も何度も読んでしまうんだろうと思う。広島への原爆投下というのは今から70年前、距離にすれば俺の今いる場所から約800km離れたところで起こった出来事です。時間的にも地理的にもそういう距離がありつつ、そうは言っても明らかに俺自身と地続きなことが『夏の花』に描かれている。原民喜の極めてドライな書き様に引き込まれるうちにそれを実感して、毎度毎度眩暈を覚えるわけです。

原民喜は51年に自殺します。これだけのものを書いた人が結局その後、電車に飛び込んで死んでしまったという、その事実も含めて実に凄まじい作品です。70年前のこの日に起こったことについて今日なぜか俺が話をするのも、何だか8月6日を年中行事的に消費しているような感じでちょっとアレだとは思う。まあしかし今年もまた『夏の花』を読んで改めて息を呑みましたので、ここにちょっと備忘録的に書いておきました。ではまた後日。