クカモンガ

ご無沙汰しております。今日はちょっと20年ほど昔のことを思い出して書いてみようと思ってですね。特に理由はない!
20年前といったら『ダイ・ハード2』なんかが全国公開されていた頃。ということは同じレニー・ハーリン監督、アンドリュー・ダイス・クレイ主演の名作アクション・コメディ『フォード・フェアレーンの冒険』が夏休み第1弾で封切られ、そして光の速さで打ち切りになった頃。『フォード・フェアレーンの冒険』の上映期間については1日説、週末2日間説または3日間説、最長で1週間説と諸説ある。けれども、俺の記憶する限りでは土曜に封切り、明けた月曜にはもう『タスマニア物語』か何かに差し替えられていたと思う。
ということで20年ぐらい前はよく映画館に行ったなあと思うわけです。何かに憑かれたように劇場通いをする頃ってありますわね。そりゃ今だって行くは行きますけど、今考えるとお前何でそんなもんまで、というような作品を当時は映画館で観ていた。ティナ・ターナーの伝記映画とか。この時はなぜか劇場が超満員で、こんな映画に朝から詰め掛けるとはどういう人たちなんだと思いましたけど、今になったら彼らがどんな客だったか分かる。その程度には俺も大人になった……

あの頃はよく映画も観ましたが、同時によく殴られてもいた。俺は全寮制の男子校にいたんですが、高校は木更津というところの山奥にあって、まあ早い話が刑務所ですね。月に1度、5日間ほど釈放されて東京に帰るんですが、この間はずっと1人で映画館にいる。青春と呼ぶにはあまりにも暗すぎるわ!ともあれ男ばっかり田舎の山奥に閉じ込めたらどうなるかというと頭がおかしくなる。ということで、そのへんで目が合うなり先輩が殴ってくるわけです。まずブン殴られてから手前ふざけんじゃねえぞ!と言われ、理由はもうひとつ分からないが仕方ないので謝るという、そんな気の狂ったコミュニケーションが日常的に行われていた。
20年前、山奥に暮らす俺たちの娯楽といったら仲間のズボンを後ろから下ろすことぐらいだった。ズボンだけなら50点、パンツまで下ろしたら100点。そういうデス・レース2000年的なルールがあった。ある夕方の階段で、友達が同級生と間違ってデブな先輩のズボンをバーッと下ろしたことがあった。またこういう時に限って綺麗にパンツまで下りちゃって先輩のチンコが丸出しになったりする。鬼の形相の先輩に蹴られ、かわいそうな友達は階段を転げ落ちていった。こんな瞬間はすべてがスローモーションになるのだと俺たちは知った。
それから当時は部活の終わりに売店に行き、パイゲンなる謎の乳飲料を買うのが流行ってですな。パイゲンはうめえなあ!なんて売店の前でグビグビ飲んでると、ラグビー部終わりの先輩たちが向こうから大挙してやってきた。俺たちはチース、と取り敢えず挨拶をするんだがまあ先輩はこれを無視して、おばちゃーん!パイゲンちょうだい!と怒鳴る。売店のババアは暢気に「ごめんね〜、今日パイゲン売り切れちゃったのよ〜」と答えた。長与千種に酷似した先輩は汗まみれのヘッドギアをむしり取ると、地面に叩きつけた。そして俺は売店の前でパイゲンを持ってバカ面をしていた。長与千種に酷似した先輩がこっちを見た。その後何が起こったかは書くまでもないが、とにかく20年前は乳飲料ひとつで死を覚悟せざるを得なくなるという、常にそんな状況に置かれていたわけです。
そして土曜の夜になると先輩が寮の部屋にドヤドヤ入ってきた。いい気分で寝ているとお前ちょっと来いこの野郎!と言われ、両脇を固められてベッドから引きずり出される。サンダルを履こうとすると何やってんだとブン殴られるので、まあ仕方なく夜道を裸足で連行されていく。先輩の寮の裏に行くと、夏の夜の真っ暗闇に煙草の火だけがポッポッポッと、いくつか浮かんでいる。そのうちの一つがこっちに近づいてきた、と思ったらバコーンと殴られた。そして鼻血を垂らして部屋に帰ると。ある夜はいきなり後頭部をブン殴られ、反射的にゲロを吐いた。汚えなあこの野郎!帰れよ!と罵声を浴びせられながら、朦朧とする意識の中で「後頭部殴られてゲロ吐くのって、結構ヤバいんじゃねえかな……」と俺は妙に冷静に考えるのだった。
呼び出されるなり一発貰って釈放される時はまだ運のいいほうで、場合によっては先輩の部屋まで連れて行かれた。それでまあだいたい座れ、と言われるんですが、ハイーなんて体育座りをするとバカ野郎正座だよ!と蹴られると。そういう儀式が行われ、そのあとに「おい、選べ」と先輩が言う。見れば床には金属バット、コンクリのブロック、便所のモップが並んでいる。俺はじゃあモップでお願いします、と答える。やくざの息子という噂の先輩は「運がいいなあお前この野郎!」と、俺の頭をモップの柄でブッ叩いた。このクイズには先輩も意外と趣向を凝らしており、また別の夜には (1) 3階の窓から飛び降りる (2) 今すぐ全裸になる (3) 殴られる という愉快な3択を迫られた。えー、じゃあ(3)で。と俺は答えたが、聞くところによると(2)を選んだ猛者もいたらしい。という具合に、毎週ランダムに選ばれたラッキーボーイが暴力の餌食になっていたわけです。

何で20年後の今になってこんな話を思い出したのか、それは俺にも分からない。まあでもそうやって、かつては毎日どこかで上級生が下級生をボロ雑巾にする日常があった。この暴力の連鎖に終止符を打つべく、高校3年生になった俺たちはある決意をするわけですが、またそれは別の話であります。