船だがや

ご無沙汰しております。
というわけでテレビで『プレデター』を見ながらこれを書いております。2か月ぶりに出てきたと思えばテレビ見ながらとはまた失礼な話ですが、しかし『プレデター』をやってちゃ見ないわけにはいかないよ!なあ兄弟!
それにしても本当に『プレデター』は最高だ。全盛期のシュワルツェネッガー、まだ女子供に受けることなど考える必要のなかった頃の、その無愛想な格好良さ。ジェシー・ベンチュラを始めとするコマンドー部隊の男くささ。そんな最強コマンドーたちがバタバタと、地球外生物の餌食にされていくこの緊張感。そしてアポロの役に立たなさ。何たって男ばっかりアホみたいにいっぱい出てきてジャングルの中で宇宙人と戦うという、いまの世の中の基準から考えればずいぶん野心的な内容だと言わざるを得ない。まあ何というかこの宇宙人もただヒマつぶしに来ているだけに過ぎず、シュワルツェネッガーがこれを止められなかったとて地球の運命がどうこうなるとかいう話じゃないのだ。ただまあ行きがかり上というか何というか、この銀河系最強のハンターと南米の奥の奥あたりで、半裸で殴りあうシュワルツェネッガーなのであった。全編のクライマックスがこれだもんなあ。ハリウッド・アクション超大作は派手なだけでどうの、なんてことを言う人はよくいるけれども、こうして見ると結構地味だと思う。しかしそこがいいんだ。そば屋にワーッと入ってカツ丼だけ大盛りで食ってパッと帰るような、そういうナタで切ったようなソリッドさが。女も満足に出てこず、流行りのロックもかからず、脚本も演出も決してお洒落ではなく、そして大勢に影響のないことを男が死ぬ気でやっているだけという、だがそれでも何か今日は見たなあ!映画を!と思わざるを得ないというような、うまく言えないがそんなタコのブツ切りみたいなアクション映画が敢えて日劇で大公開されるような時代が、また来ないものだろうか。

突っ込め拳骨

ご無沙汰しております。

去年あたりから何とかいうビールのコマーシャルが不快で仕方ありません。
これが何というか、どうにもピリッとしない感じの女優が何とかいうビールを冷やして亭主の帰りを待っているという、まあ非常に紋切り型にして低劣と言うほかないコンセプトで作られた広告であります。またこのパッとしない感じの、にせ壇ふみみたいな女優が変なざっくりしたセーターとか着て長いスカートとか履いている。たとえばアンジェリーナ・ジョリーがパンツ一丁で待っていると聞けば今すぐ走って帰りたくもなるが、しかしこんなモッサリした女が変なゾロッとした格好で待つ家に誰が帰りたいだろうか。まったく色気もヘッタクレもない。やる気あんのか!しかもよく見れば変な白いエプロンというか前掛けして待っていることもあるのだ。今時そんな奴いねえよ!サザエさんかお前は!
しかも最新のスポットでは、このパッとしない女がバカ丸出しの喋り方で今日の晩御飯は何食べたいですかー、とか聞いてくる。そんなこと言われても、俺は焼肉食って帰るから貴様はそれまでに荷物まとめて出て行け!と答えざるを得ない。しかもこの女が変なブランコとか乗っているのである。木下サーカスかお前は!
とにかくこの、ちょっと天然だけど可愛い女房が待っている世界みたいな、世の男性諸氏はお好きでしょう、そういうの、という決め付けが何しろ我慢できない。お好きじゃねえよ!まあ何というか本当に時代錯誤も甚だしく、実に腹立たしい。しかし敵は所詮テレビなので、そんなものは見なければいいのです。これで問題は解決だ!
と思ったら、この何とかいうビールが電車の中吊りも作っていた。例の田舎っぽい女優が変なセーター着て、上目遣いでこっち見ながらビールなんか飲んでいるという、いつもの世界である。都営新宿線でこれが視界に入ってきて心底ウンザリしたけれども、正直もうこれはこれでいいやと、勝手にやればいいじゃないのと一瞬思いもした。だがやはり、どうあってもこの広告を許すわけにはいかんと俺は思った。だって下のほうを見ると何だか変な文字が書いてあるのだ。どうやら喉を鳴らしてビールを飲む様子を表した擬音のように読めるが、何かもう説明するのも汚らわしい感じなのでとにかくちょっと見てくださいよ奥さん!

すでに十分すぎるほど我慢ならないキャンペーンだったが、これでいよいよ本格的に虫酸が走った。これはいい歳こいた大人が、しかも酒類の広告上で発声すべき言葉だろうか。赤ん坊にミルク飲ませてんじゃねえんだからさあ。これは何ですか、この幼児を思わせる言葉遣いでもってこの女房の可愛らしさを伝えようという魂胆か。気持ち悪いだけだそんなもん!
というわけで純真無垢(と、何とかいうビールのウェブサイトに書いてあった。純真無垢……いい大人が……)かつ可愛い(可愛くねえよ!バカ)女房がビール冷やして亭主の帰りを待っているという、どうにもこうにも陳腐かつ都合のいい妄想だけで不快な広告が、この何というか幼児丸出しのオノマトペによってさらに5倍ほど不快になった。こんなもんが受けると思われているという、俺たちはいったいどこまでバカにされているのだろうか。
とにかくまあ何という銘柄だったか忘れたが、調べて書けばこの何とかいうビールに利することになって実に悔しいから書かない。当然こんなもん死んでも飲まない!男は黙ってサッポロビール!というか忘れたというのは嘘で、実は腹が立つあまり銘柄名もバッチリ覚えてしまい、それもそれで非常にムカつくのです。く、悔しい!

スヌーピーの大冒険(1972)


ボンヤリしていたら9月2日にビル・メレンデスが死んでしまった。まあ享年91歳ということならば何も俺がボンヤリしていたせいではないと思いますが。当たり前だ!
ビル・メレンデスといえば『チャーリー・ブラウンのクリスマス』(1965)とか『スヌーピーの大冒険』(72)を撮った映画監督だ。世間的には前者で最もよく知られているのではないかと思う。確かに『チャーリー・ブラウンのクリスマス』といったら全人類が年に1度は必ず観てアホみたいに泣くべき不朽の名作だ。チャーリー・ブラウンが自前のクリスマスツリーのボロさをみんなからバカにされ、すっかり意気消沈して家に帰るとそこには!と書いているだけで泣けてくるので恐ろしいが、しかしそれにも増して危険なのが『スヌーピーの大冒険』なのだ。
昔の飼い主が病気だと聞いたスヌーピー、遠い地で自分を待っている女がいると聞けば今すぐ行ってやらねばならんと、まあこのいじらしさだけでドンブリ飯が3杯食えるけれども、そんなわけで現飼い主のチャーリー・ブラウンとその仲間たちに別れを告げて旅立つのであった……と、超かいつまんで書けばそういう話だ。
でまあこの映画の何が危険かといって、しょうがないので敢えてクライマックスの話をしますが、子供たちが子供たちなりにスヌーピーの門出を祝ってやろうと、心ばかりのお別れ会を開いてやるのです。何かこう部屋に飾りつけとかして。餞別など渡したりして。そして超泣く。全員が。ちょっと泣いてみせるとかいうレベルではない。天を仰いで泣きまくる。男も女も、登場人物全員が物凄い勢いで号泣するのだ。シュローダーがピアノを弾いてみんなで歌って締めようかと、しかし誰も彼もが暴風雨のように泣いているのでとても歌なんか歌えないのだった。ちょっとここまでの集団が超泣いているという状況は映画で見たことがない。

そういえば『ディア・ハンター』の終盤で、クリストファー・ウォーケンが死んじゃったというので友達がみんな集まって、まあ何かメシでも食うかという場面。それぞれ悲しいなりに気丈にふるまったり、お互い気を遣ったりという情景があるのだが、ジョージ・ズンザ(『氷の微笑』にも出てたデブ)が俺ちょっと目玉焼きでも作ってくるわ、みんな食べるだろ、とか何とか言って部屋を出て行く。そしてデブはひとり台所でフライパン持って、とうとう我慢できなくなってしくしくと泣くのだ。こっちはもうここでもらい泣きするしかなかった。
しかしデブがひとり涙にむせんだだけでもらい泣きするというのに、総勢10人からの子供たちがピアノを囲んで爆泣きしていたらどうなるか。もはやこちらも超もらい泣きするしかない。登場人物が泣いている様を見せて観客を泣かせるというのは、まあ映画の作り方としてあまり高級な部類にも入らないような気がするけれども、知るかバカ野郎!だって男も女も犬も鳥も、もう全員が滅茶苦茶な勢いで泣いてるんだよ!俺がひとり冷静でいられるか!

たとえば『シックス・センス』の最後のほう、車の中でお母ちゃんと坊やが話しているうちに2人とも号泣、こっちももらい泣きとか(シャマランはこの手の「親子のええ話」路線を捨ててからダメになったと思うが、その話はまた後日)。あと『バッド・ルーテナント』、いい加減なことばかりやっていたら教会でキリストに逢ってしまい、あまりのことに泣くしかなかった、そのハーヴェイ・カイテルの気が狂ったような泣きっぷりにもらい泣きとか、映画に付き合ってこっちも泣くという、いわばもらい泣き映画の系譜は確実に存在する。と思うが、きりがないのでこれもまとめて後日。しかしそうしたもらい泣き映画の頂点に君臨すべきは、この『スヌーピーの大冒険』であると断言できよう。まあそんな暴力的な泣かせだけの映画ではなく、全篇を通して何かもっと穏やかな、えー叙情的な名場面の数々に彩られた珠玉の名作であります。必見のこと!追悼ビル・メレンデス。ということで俺はこれからもらい泣きしてきます。朝まで!

THE SENTRY:REBORN (その2)


ご無沙汰しております。
何だかんだ言って結局更新が途絶えたじゃないか、と糾弾されてもしかたないペースになってまいりましたけれども、まあしかしこの猛暑じゃもうしょうがないとしか言いようがないのであります。
そんなことはこっちに置いておくとして、いつぞやお話しした超人ハルクの友情物語。このお話には続きがあった。それも第2弾第3弾という3部構成で。ということで今日はその中篇。後篇はたぶん年内には紹介するのじゃないかという予感がしています。
さて前回、えーマーベル・ユニバース最強のヒーローことセントリーがやって来てちょっと協力しちゃくれないか、と言われ、マブダチの頼みなら深く考えちゃいけないぜと二つ返事でこれを承諾したハルク。このモンスターと呼ばれて疎まれてきた男の、あまりの無邪気さに俺は泣いた!さっきも自分で書いた日記を確認のために読み返してまた泣いた!あほか!

それで前回書き忘れたけれども、この何か頼まれて1秒以内にOKするという姿勢に、俺はアニメ版『あしたのジョー2』(80)に出てきたストリートファイター、ゴロマキ権藤のことを思い出した。矢吹丈のトリプル・クロスカウンターで顎を割られて現役を退き、やくざの用心棒に身を堕としたウルフ金串の顎をもう1回割ったルール無用、情け無用の喧嘩屋。それがゴロマキ権藤だ(ウルフ金串についても話しておかなければいけないことがあるのだが、どうにもこうにも話が先に進まなくなるので泣く泣く割愛します)。
最強最後の敵ホセ・メンドーサとの試合を前に、マレーシアの獣人ハリマオとの一戦を控える矢吹丈。最近どうにも自らの「野生のけんか屋」としての勘が鈍っている、矢吹はそう感じていた。型どおりのトレーニングをどれほど繰り返しても、ハリマオの獣性に苦戦することは目に見えている。そこで対やくざの喧嘩を生業とするゴロマキ権藤に、矢吹はスパーリング・パートナーを頼むことにしたのだ。

一杯飲み屋。矢吹と権藤がカウンターに並ぶ。
わざわざあたしを訪ねてくだすったんだ よっぽどのことですね
赤ラーク(タール12mg)に火をつけながらそう呟く権藤に、矢吹は切り出した。
「ぜひあんたに と思って……」
わかりました お引き受けしましょう
権藤は答えた。ぜひあんたに と思って……と矢吹が言い終わってから1秒にも満たなかった。まさに即答だった。
「えっ 俺はまだ何も」
戸惑う矢吹に権藤は言う。
男がよくよくのことでやって来たとき 矢吹さん、あんた理由を聞いて引き受けたり断ったりしますかね

死ぬまでに一度でいいから言ってみたい、まさに歴史に残る名台詞というほかないが、しかしまあこんなことは死んでも言えないのが現実というものの悲しさだ。前回お話しした超人ハルクにしても同じことで、何か頼まれてもアレコレ考えずに何でもいいから即答してやるというこの頼り甲斐というか、そういうところにただ痺れ、憧れるしかない。だからこそ俺は何かにつけて『あしたのジョー2』第38話『意外な訪問者…ゴロマキ権藤』を見返しては、もはや不条理としか言いようのない権藤の男らしさに震えるのだ。
ということでハルクの話を続けようと思ったら、はからずも『あしたのジョー2』に出てきた脇役の話で日が暮れました。続きは次回!明日と言わずに次回と言うところが男らしくない!

THE SENTRY:REBORN


セントリーはマーベル・コミックのスーパーヒーロー。power of one million exploding suns、つまり爆発する太陽100万個分のパワーを持つ男というどうにもこうにも無茶なお話だが、まあそういう人だから仕方ない。
超スピードで空を飛び、鋼鉄のような肉体を持ち、さらに怪力と爆発的な戦闘能力を誇るという、ひとことで言えばマーベル版スーパーマンですな。腹にデカデカとSの字が書いてあるし。ところがこの人はちょっとメンタル面に問題があった。スーパーヒーローといったらそれに対するスーパー悪役が欠かせないけれども、セントリー最大の敵はヴォイドといって、これがセントリー自身の心の暗黒面そのものだと。凄いマッチポンプだ。いろいろあってセントリーはヴォイドを封印することに成功、厳重に蓋をした地下室に閉じ込めたものの、己の暗黒面はいつその黒い首をもたげてくるか分からないと怯える日々が続くのだ。
というわけでマーベル・ユニバースにおいて何となく腫れ物に触るような扱いを受けるセントリーだが、そんなややこしいヒーローの詳しい話はまたいずれ。今日はこのセントリーのマブダチを紹介したい。
セントリー(本名ロバート・レイノルズ)はその能力があまりにも強大であるがために、何となく周囲のスーパーヒーローたちとは距離を置いている。ましてや普通の人々(自分の女房も含む)とは当然馴染めないし、というわけでどうにも孤独なのだ。しかし自分の力を制御できず、何かあればすぐ暴走して周りから疎んじられるヒーローはセントリー1人ではない。ということで彼が超人ハルクと友情を育むのは当然の成り行きなのだった。
ちょっと頼みごとがあるというので、ふだん洞窟に隠れ住んでいるハルクを訪ねるセントリー(この洞窟に住んでいるという時点でもう泣かせる)。これを迎えるハルクの喜びようがちょっと尋常でない。

ハルクといえばこう何というか、ちょっと頭のほうが簡単な感じの作りになっているので難しいこととかは喋れない感じなのだが、まあセントリーがやってくるとこれをゴールデン・マンと呼んでキャッキャと小躍りするのだ。実に愛らしい。でハルクは「ワンワンどこ、ワンワン」と聞く。セントリーが連れているワン公のことがまた超好きなのである。というかワンワン(woof-woof)はねえだろう。超人ハルクが。もうアカン。

でまあちょっと頼まれてくれないかと言われるわけだが、ハルクとしたら友達は遊びに来るわワン公も一緒だわで目がキラキラしている。何を言われようが黙って従うシフトである。というわけで実際ちょっと難しいことをお願いされているにもかかわらずハルクは即答するのだ。「いいよ」

しかし実にいい顔をしている。いいよってお前、そんな簡単な話じゃないんだから、もうちょっと真面目に考えてくれるか。とさらにいろいろ説明を受け、多少なりとも真面目に考えてみるハルク。そして返事はこうだ。「いいよ」

何かこう久しぶりに心洗われる思いでした。こんな男になりたいものだ。しかしまあこの友情物語が、いずれ思わぬ展開を迎えるのであった。という話はまた後日!